September 10, 2006

ポスト・デジグラフィ(東京都写真美術館)

東京都写真美術館で開催中の[ポスト・デジグラフィ]展にいってきた.それほど強い興味があったわけではないが,出張の帰りに寄ったという感じだ.

1960年代の初期のデジタル表現に対して,80年代以降をポスト・デジグラフィと名づけたようだ.

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感想は,普通に面白かった.しかし,なにか新しいもの,未知のものに触れたという感動はない.
(ただ,会場入口にあった高精細なCGの動きは遠近感を失わせるほどで,ちょっとびっくりした.)
それは,見たことのあるような作品が多かったからかもしれない.(出張で疲れていただけかも・・・)

会場には2時間ほどいたのだが,ほとんどの時間はなにかの受賞作品を上映しているコーナーで過ごした.
これもおもしろいんだけど,なにか同じ味がするんだよな.デジタルって.
同じ食材,調味料,器具を使っている料理って感じかな.

初期のデジタル表現は”新しさ”が面白さとして通用したが,ポスト・デジグラフィならそれだけでは駄目でしょ.
特に,同じモデルのコピーを多用した映像作品,繰り返しの多い映像作品は不愉快だ.アイデアは面白いかもしれないが,くどい.物語性のあるもの,映像・音楽が美しいものは稚拙でも我慢できる.

もっとびっくりさせてくれ.

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July 29, 2006

昭和の記憶(群馬県立館林美術館)

Img046(いつも同じ写真を撮っているなあ・・・)

館林美術館にいってきた.(2006.7.23)
ちょうどいいドライブコースなので企画展が変わるたびにいっている.

企画展は”昭和の記憶-写真に甦る人々の情景-”.

企画展が写真展でも第1展示室には彫刻が展示されているのがうれしい.おなじみのポンポンの作品やフラナガン,イサム・ノグチなど.すべて見たことのある作品だが,何度見てもイイ.

また,この美術館の床に使われている大理石の中には黒いベレムナイトやアンモナイト,ウミユリなど中生代の化石が数多く見られる.これもおもしろい.

さて,写真展だが,見たことのある作品も多かった.木村伊兵衛(『秋田』)や植田正治,荒木経惟は大好物だ.今回の収穫は畠山直哉.こういう写真好きだ.写真集も買ってしまった.

前期・後期と展示替えがあるようなので,夏休みにまたいってみようかと思っている.

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November 24, 2005

ドイツ写真の現在(東京国立近代美術館)

書きかけのまま日が経ってしまった.見に行ったのは11月23日だ.そして今日はもう12月11日!

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ドイツ写真の現在 かわりゆく「現実」と向かいあうために

東京国立近代美術館の企画展を見てきた.ドイツの写真家10人の作品による展覧会だ.
同時に開催中のアウグスト・サンダー(1876-1964)の写真展も見てきた.(アウグスト・サンダーもドイツの写真家だ.)

まず,”ドイツ写真”というものがあるのだろうか?という疑問があった.東京都写真美術館の「写真はものの見方をどのように変えてきたか 第4部 混沌」では,一部の作品をアメリカ・ヨーロッパ・日本というように作家の出身地別に作品を分けて展示していたが,写真家の個性が強く,出身地別の分類に意味を感じなかった.”ドイツ写真”がドイツを写したものなら解るが,ドイツ人写真家の作品を集めて”ドイツ写真”というような共通点(=ドイツ人気質)が見出せるのだろうか?それがとても楽しみだった.

結論からいうと,”ドイツ写真”は存在すると感じた.人にうまく説明する自信がないが,感じたことを書いておこう.対象に真正面から向かい合う視線が”ドイツ写真”の特徴だと感じた.対象に真正面から向かい合うというのは,写真家の意識でもあり,写真の構図でもある.また,景色や風景,時間を写し撮るというより,物体としての風景・人物を写し撮るというような印象を受けた.

写真家の意識が対象に真正面から向かい合っていると感じたのは,いずれの写真もモチーフが明確だからだ.「こういう写真が撮りたい」という明確な意識があり,そのために三脚を立て,その上に大きなカメラを据えつけている写真家が思い浮かぶ.いわゆるスナップ写真のような偶然の産物はない.

そして,物体としての風景・人物を写し撮るというような印象を受けたのは,写真がとてもオブジェ的だからだ.ロレッタ・ルックスやトーマス・デマンド,リカルダ・ロッガン,ヴォルフガング・ティルマンスの写真は明らかにオブジェの表現(=発表)形態として写真を選んでいるように感じる.生きた人物をオブジェに組み込む場合,写真ほど有効な手法はない.

今回,一番感動したのはベルトン&ヒラ・ベッヒャーの作品だ.彼らの写真もモチーフが明確だ.それは溶鉱炉や給水塔のような変わった形の建造物なのだが,それをオブジェをコレクションするように撮りためている.採掘塔を写した写真を15枚並べた作品は「タイポロジー(類型学)」と呼ばれる作品群のひとつだが,コレクションのカタログを見るような面白さがある.

ベルント&ヒラ・ベッヒャーの写真集をAmazonで買ってしまった.「TYPOLOGIES」と「INDUSTRIAL LANDSCAPES」.

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October 21, 2005

写真はものの見方をどのように変えてきたか 4混沌(東京都写真美術館)

「写真はものの見方をどのように変えてきたか」もとうとう最後になった.第4部は”混沌 -現代、そして未来へ”.
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展示されていたのは,現代の写真家の作品.チラシによると「1970年以降から現在までの写真表現を通して、・・・」とある.1970年以降,もはや写真は珍しいものではなくなった.写真家は個性を表現しようとしているように感じた.写真は写っているものを見ることで写真家の目を味わうかのようだ.

つまり,作家の個性の数だけ視点があり,表現がある.たとえば,荒木の猫の写真があったが,やはり非凡だ.非凡というか,うまく説明できないが荒木らしい.写真好きな人なら必ずといっていいほど,猫の写真を撮ったことがあるはずだ.適当に撮った写真は同じように平凡だろう.そこに作家の個性が漂うのがすごい.

「1970年以降から現在まで」というのは写真においては作家の個性(視点)が問われるようになった時代ではなかろうか.だから写真の形態・様式も多様化し,混沌としたものに感じられるのではないか.

第1部から第4部までを振り返ってみる.第1部(19世紀)は写真機が主役,被写体が主役.第2部(20世紀初頭)では技術が主役.第3部(日本の戦中戦後)では戦争・時代が主役.そして第4部(1970以降)で写真家が主役になったように感じた.写真というものは単なる道具の発明だったが,人(=写真家)の視点で物や風景,人を観ることができる.さらに,被写体の感情や撮影者の感情までも味わえるものになった.

写真家の多様な個性を”混沌”という便利な言葉でくくってしまうのはまだ早い気がする.未来の写真,写真の未来がどうなっていくのかとても楽しみだ.

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September 03, 2005

写真はものの見方をどのように変えてきたか 3再生(東京都写真美術館)

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”写真はものの見方をどのように変えてきたか” 第三部は”再生 12人の写真家たちと戦争”.

出張帰りに行ってきた.金曜日は遅くまで開いているのでちょうどいい.東京都写真美術館の展示室に入ると,独特な匂いがする.写真の匂いというわけではないと思う.焼きたてのパンの匂いと洗濯して外に干してあったタオルの匂いを足して2で割ったような匂いだろうか.この匂いをかぐと,「よし,写真を見るぞ」と気持ちのスイッチが入る.

今回の展示はサブタイトルが示すように,12人の日本の写真家の戦前から戦後にかけての作品を展示している.テーマの”再生”も明快で,軍国主義により制限された写真の自由な表現が,戦後に”再生”していくことを指している.12人は木村伊兵衛,濱谷浩,林忠彦,大束元,桑原甲子雄,熊谷元一,河野徹,小石清,植田正治,中村立行,東松照明,福島菊次郎.(展示順のつもりだが自信がない.)

まず,木村伊兵衛.国の宣伝紙「FRONT」の写真を撮っていた.木村伊兵衛の「FRONT」は近代美術館でも見たことがある.「FRONT」は敵地にばら撒き,日本の強さをアピールするための国策雑誌だ.当然,勇ましい内容の写真になるのだが,そのなかにも”木村伊兵衛らしさ”を感じる.木村伊兵衛が戦争に対してどのような感情を抱いていたのか知らないが,写真を撮ることに関しては戦中も同じように取り組んでいたのだと思う.

対して,濱谷浩の戦中・戦後の作品をみると戦争の影が感じられない.あえて人間とその生活を写そうという意志が感じられる.胸まで泥に汚れて田植えをする女性を写した作品は光を映す水田と泥に汚れた体だけを写し取っているが,非常に迫力がある.白黒写真の美しさを感じる.

もう一人,植田正治のことも書いておこう.とても面白い作品ばかりだったので,植田正治に興味がわいた.この人の作品は”演出写真”というジャンルらしい.被写体にポーズをとらせている.「茶谷さん」,「茶谷さんの娘」は題名も面白いが,作品も味わい深い.三角形の山を背景に茶谷さん,茶谷さんの娘が写っている.茶谷さんは写真の中央に移っているのではなく,左下の隅にカメラを意識しない目線で写っている.うまく説明できないがイイ感じだ.

また戦前から戦後にかけての時代を写した写真展を見てみたい.写真集なども探してみようと思う.

東京都写真美術館の2Fでは「ブラッサイ ポンピドゥーセンター・コレクション展」が開催中だったので合わせてみてきた.こちらは戦前から戦後にかけてのパリを写した作品がメインだ.(戦前の作品が多かったように感じた.)写真集『夜のパリ』(1932)が代表作らしい.上述の「写真はものの見方を~」と同年代の作品なので,雰囲気の違いを味わうことができた.パリの30年代は”昭和”ではないなと感じた.「落書き」と題する,壁の落書き(鍵で彫り付けたような落書きだ)を写した作品も面白い.落書きは「原始のイメージ」などに分類されたそうだが,太古の壁画のような落書きがあり,おもしろい.

(9/2)

-追記(9/15)-
「植田正治 私の写真作法」を読んだ.
語り口は穏やかで軽快だが,内容は結構熱い.写真に対する真摯な態度が好印象だ.
戦前・戦後の回想からは,時代の空気が感じられる.
写真したくなる!

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June 18, 2005

写真はものの見方をどのように変えてきたか 2創造(東京都写真美術館)

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出張帰りに東京都写真美術館に行った.楽しみにしていたコレクション展の第2部だ.第1部は”誕生”だった.第2部は”創造”.テーマは「創造-絵画との出会いと別離」と「回帰-写真の目」だ.

”創造”ではピクトリアリズム(絵画主義)という絵画に影響を受けた写真,絵画のように構図をとったり,複数の写真を組み合わせたものもあった.ピクトリアリズムは日本にも起こり,水墨画のような写真に落款の押されたものもあった.

”回帰”では絵画を目指して写真を作ることから回帰したストレート・フォトというジャンルが紹介されている.カメラの特性に合わせて対象をとらえる.という感じだろうか.シュールレアリスムのコラージュにいたるまでが紹介されている.

今回はとても感動した作品があったので紹介したい.「月の出」(アンセル・アダムス)だ.文字通り月の出を撮影したものだが,あまりにも雄大な景色に思わず息をのんだ.

中天にかかる月の表面には濃淡があり,天体としての存在感を持っている.その下にやや明るい大気の層があり,山々が広がる.そして前景には教会と墓地.十字架の白が美しい.とても緻密なプリントだ.この写真からは,人生,地球,宇宙のつながり感じることもできる.

多くの写真は写真集で見るのと,実際のプリントを見るのとで大差はないのではないかと思う.しかし,「月の出」は実物を見てもらいたい.とにかく緻密で,すべてが完璧だと感じた.この人の作品をもっと見てみたい.
(6/17)

-追記-
Ansel Adamsの写真集と写真技法の本を買った.
写真集"Classic Images"は白黒写真の写真集.テーマは風景が多いが,植物・人物を写したものもある.どれもすばらしい写真だ.上記の「月の出」も載っている.こういう写真が撮りたいなあ.
写真技法の解説本"The Negative"は,"1.The Camera","2.The Negative","3.The Print"からなるシリーズの一冊.まだ読んでいないが,露出,ゾーンシステム,フィルターに関する解説などがでている.

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May 03, 2005

写真はものの見方をどのように変えてきたか 1誕生(東京都写真美術館)

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 印刷博物館で出版の起源についての展示を見た後に,恵比寿に移動して東京写真美術館のコレクション展をみた.10周年特別企画ということで4月から11月まで会期を分けた4部構成となっている.現在公開しているのは「1誕生」だ.

 最初の写真はダゲレオタイプと呼ばれる銀板を用いるものだった.1816年とメモしたが,チラシをみると1839年にフランスで発表されたとある.実物はまさに銀板で,角度を変えてみるとおぼろげに画像がみえるものや,着色されたものもあった.同時期に英国では紙のネガを用いるカロタイプという手法が発明された.そのカロタイプを用いた写真でつくられた最初の写真集「自然の鉛筆」も展示されている.タルボットによる「自然の鉛筆」をみるとコントラストや細部の描画を考慮して撮られていることがうかがえる.白く飛んだ写真が多く,ラチチュード(露出の範囲)が狭い印象をうける.

 そして1849年にはコロジオン湿板方式が発明され,写真は記録の手段として広まっていく.クリミア戦争(1855)やパリコミューン(1871),南北戦争(1863)と世界中の戦争が記録された写真を見ることができた.引き伸ばしの技術がなく,原板を大きくすることで大きな写真を撮っていた.それが幸いしてか細部が細かくイイ感じだ.

 エジプトの建造物やヨセミテの滝も良く撮れている.露光時間が長いので滝は光が流れているようだ.こういう写真を撮る人は「イメージハンター」というらしい.写真を貼った雑誌もあった.

 ステレオ写真や連続写真が19世紀に撮られていることもおもしろい.思いついたらやりたくなるよな.

 日本には1848年にダゲレオタイプの機材が輸入され研究されている.80年代には高感度なゼラチン乾板が発明され露光時間が短くなった.幕末・明治の写真も味わい深かった.

 ”写真はものの見方をどのように変えてきたか”という点に関しては,「第2部 創造」以降の展示を見て考えてみたいと思う.「第1部 誕生」では写真という記録手段を手にした当時の人々が異国を戦争をものを自分を記録しようと熱狂したことが感じられた.
(2005 5/2)

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December 18, 2004

所蔵コレクション展(東京写真文化館)

12_18_0赤坂見附の東京写真文化館で所蔵コレクション展~ブレット・ウエストン35枚組ポートフォリオを中心に~を見てきた.ポートフォリオは「紙ばさみ」の意味だが,建築家・写真家の自信作を集めたものをポートフォリオをいうらしい.
ブレット・ウエストン(1911-1993)の白黒写真は表面の質感がイイ感じだ.またペンキの剥げかけた看板や,木の虫食い,枝などは白黒のコントラストが作り出す形も面白い.どの写真も細部までキッチリと写っている.とても情報量の多いプリントだ.プリントにこだわりを持っていた.そのため自分のネガを他人が焼くのを好まず,1991年にすべてのネガを焼却したそうだ.
一番気に入ったのは,順路で2番目にあった写真だ.山の奥に雲があり,手前には畑がいろいろな色の絨毯のように広がる風景.畑がまるでパッチワークのようだ.

白黒で写真が撮りたくなった.小さい展示場だったが,印象深い写真が見られた.もっと写真展に行こうと思う.
(12/18)

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December 04, 2004

畠山栄写真展(epSITE)

畠山栄氏の写真展にいってきた.場所はエプソンイメージングギャラリー epSITE(エプサイト).新宿の三井ビルにある.
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以前,小桧山賢二写真展(←昆虫写真展)を観たとき,エプサイトの会員になったのだが,今回の展示の案内を送ってくれた.チラシのフクロウの写真がかっこよかったので,見にいった.

畠山さんは知床の野鳥の写真を撮っている方だ.フクロウの写真が気に入った.フクロウは夜行性なので夜の写真が多いのだが,羽ばたく羽根がとても美しい.川に入ってマス(?)を捕まえたフクロウの写真は羽根も目の魚もきれいに写っている.羽根が止まって見えるから,ストロボを焚いて撮影してるはずだが,野鳥の撮影ってあまり接近できないはずですよね.すごい苦労があるはずです.カッコイイ動物写真は,対象に対する思い入れがないと撮れないものかもしれません.
(12/4)

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November 14, 2004

マリオ・テスティーノ写真展(東京都写真美術館)

マリオ・テスティーノ写真展をみてきた.心拍数があがった.体脂肪が燃焼したかもしれない.
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マリオ・テスティーニは「ファッション写真界の貴公子」といわれているらしい.ファッション誌やトップブランドの広告の写真などをとる人だ.

会場には有名人のポートレートが109点.大きなプリントが目を引く.会場にはキャプションがなく,サムネイルの載った展示目録をみながら会場をまわる.この方式いいぞ.

まずは,ケイト・モス.セミヌードもいい感じだ. ナオミ・キャンベルの尻もいい.

白黒のキャサリン・ゼタジョーンズは胸の量感がなんともいえない.

そして,大きく引き伸ばされたキャメロン・ディアス.上腕から肩にかけての濡れた皮膚の質感.肌についた砂.いいぞ!そして,おしりもイイ!じつにイイ!! 体の量感・質感も味わい深いが,瞳の色がまたいい.キャメロン・ディアスの空気が伝わってくる感じだ.

ストーンズにも会える.マドンナもきれいだ.

そして,メグ・ライアン!瞳がきれい.そして伸ばした脚のフトモモの量感がたまらん.

ジュリア・ロバーツの手にのったリスちゃんもかわいい.

(11/14)

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September 12, 2004

昆虫写真展

 「小桧山賢二写真展 昆虫 ミクロ・リアリズム」(epSITE:EPSON IMAGING GALLERY)を見てきた.先日見た「SCOPE」(INAXギャラリー2),「虫の目になりたい ~昆虫写真家 栗林慧の世界~」(府中市郷土の森博物館)(「SCOPE」,「栗林慧の世界」は会期終了してます.)とあわせて感想を書く.

 「栗林慧の世界」は昆虫の目線で撮影することに力が注がれていた.具体的には写真機材の開発・改良をおこない,地面を這う虫の視点で虫を見たような写真を撮っている.写真には昆虫とその背景となる自然が写されている.写真は大きく引き伸ばされたものがたくさんあった.決定的瞬間写真も多い.これは偶然にしか撮れない写真だ.長い時間待ち,何回もシャッターを切ったに違いない!動画もあった.カマキリがバッタを食べる映像に音がついてる.バッタの食べられる音が・・・  栗林さんは昆虫が好きなんだなあと感じるいい写真ばかりだ.昆虫の生態を写真におさめようとしている.

 ”「SCOPE」は筑波大学の技官である橋本典久さんと、学生の稲葉剛、植村啓市、玉置淳さんの4人によるユニットです。”(HPより引用) 4800dpiのスキャナで生きた昆虫をスキャンして,インクジェットプリンタで等身大に拡大出力している.蝶の背中のふさふさ感やカナブンのボディの質感がイイ感じだ.そう,表面の質感が良く出ている.「等身大に拡大することで,人と昆虫の対話を意図しました.」とかなんとか説明を受けたが,説明不要!「拡大するとすごいでしょ.」で十分だ.工夫もあるのだろうが基本は簡単だから次のアイデアが必要なのではないだろうか.このユニットの今後の展開が楽しみだ.①昆虫以外のもの(スギ花粉とか)を等身大にしてみる.②昆虫を(もっと)拡大しまくる.③昆虫を等身大の立体にする.←なんてどうでしょう? 

 「小桧山賢二写真展」は,ピンに刺さった昆虫の各部を写真にとり,コンピュータで切り貼りした写真を展示していた.普通のマクロレンズで昆虫をとると一部にしか焦点があわない.その焦点の合っている部分を切り貼りして全体に焦点のあった写真を作っている.小桧山さんは昆虫の形態に関心があるようだ.チラシにも「微細構造に組み込まれている神秘云々」と書いてある.展示されていた写真も変わった形態の昆虫が多い.デジタル昆虫コレクターって感じかな.写真はすごくきれいでカッコイイ.30cmくらいのオオゾウムシのフィギュアが欲しくなった.オオゾウムシかっこよすぎ!外車のショールームのように昆虫を展示している感じでした.

 昆虫かっこいい!
(9/11)

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August 16, 2004

世界は歪んでいる。「オーストラリアの現代写真展」(東京都写真美術館)

正直,よくわからなかった.写真を撮るのがぼくの趣味だからかもしれない.ぼくが撮りたいと思うような写真はなかった.大きく引き伸ばしてあるので,一見,迫力はある.しかし,歯医者の待合室でグラビア雑誌をパラパラめくる程度のインパクトしか感じられない.作者のコメントがいろいろ書いてあったが,作品から伝わるメッセージは弱い.作品数が少なかったのが悪かったのか?ぼくの感覚が古いのか?
30分ほどで会場をあとにして,恵比寿麦酒記念館にいく.
ビールの歴史のパネルでカントの言葉を確認した.「ビールを飲むことは,よい食事をするようなものだ.」 いいこと言うなあ.で,テイスティング・ラウンジ直行.いつも混んでます.エビスビールを一杯のんで帰宅.

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